愛犬(豆柴・黒)が亡くなった。16歳の誕生日をお祝いした5日後のことだった。
2年半くらい前から糖尿病になり、朝晩のインスリン注射が必須になった。最初のうちは、人間側のとまどいや恐怖(誰かに注射針を刺すなんて、医療従事者じゃないと身近じゃないよね)を感じてか抵抗する愛犬を抱っこして、なかば無理やりその皮膚に注射針を刺すことが、細い針が肉に通るあの感触が本当に怖かった。でも、彼のほうが嫌だったろうな。
2024年の年末には、体調を崩して5日間くらい連続で病院通いをした。認知症がひどくなり、隅っこに入って出られず鳴くようになった。今年の4月末くらいから夜鳴きをするようになった。歩けなくなった。固形物が食べれなくなったので、シリンジでの強制給餌に切り替えた。少しずつ少しずつ「その日」は確実に迫ってきていた。なんとなくわかっていたけど、わからないふりをしていた。
犬が糖尿病だと診断されたときに、わたしは「いつ何があっても後悔がないように、全力でお世話をしよう」と誓っていた。はたしてわたしは全力でお世話ができたのだろうか。きっとそれは自己満足だっただろう。彼にしてみれば、不満も、嫌なこともいっぱいあっただろう。
そう、これは「愛犬と別れたあとの自分の悲しみが少しでも軽くなるように」という自己中心的な誓いにすぎなかったのだ。
「その日」は、点滴のために半日入院することになっていた。前日には、鼻からカテーテルを通して、経口ではなく「チューブフィーディング」のための処置をしていた。実は、この時点でわたしはすでに泣いた。診察室で。1週間前には問題のなかった血液検査の数値が急激に悪化していて、食欲もなく、すっかり弱った犬を目の当たりにしたから。「死んじゃうかも」と考えて、迫り来る現実があまりにも辛すぎて、泣いてしまった。母が「大丈夫だよ」と励ましてくれた。「がんばりましょうね」と先生にも励まされた。
夜は、犬と同じ部屋で寝た。いつもなら夜中に起きて鳴くのに、ずうっと静かに寝ていた。あまりにも静かすぎて怖くなり、夜中に何回か起きて、犬が呼吸をしているかを確認していた。その胸は、たしかに上下していた。
そうして無事に朝を迎えて、朝一で予約をしていた病院の待合室について順番を待っていると、彼の呼吸がおかしいことに気づいた。下顎がさがり「カハッ」というような呼吸音がする。なんか変。(あとから先生に聞いたら、これは死戦期呼吸だったそうだ)母が受付のスタッフさんに伝えると、すぐに愛犬は連れていかれた。「万が一のときは救命措置をしてもいいですか」というようなことを聞かれた気がする。もちろん、お願いした。おかしいな。家を出るまでは、呼吸も落ち着いていたのに。
わたし、今日が最期だと思って病院に来ていないよ?今日は点滴のために来たんだよ?だから涙を拭くためのタオルだって持ってきてないよ。
10分くらい待っていると、わたしたちは呼ばれた。いつもは診察室に入るのに、受付横から処置室(ふだん我々は入ることはない)への直行だった。そこで見た愛犬は、人工呼吸器をつけられ、心臓マッサージをされていた。心拍数か血圧かわからないけど、アラームが鳴っている。
「ああ、ついにこのときがきてしまったか」とうすぼんやりと思った。母が、犬の名前を呼びながら「がんばれ」と声をかける。
今ここには母とわたししかいない。わたしは父に電話した。電話の向こうで父は覚悟をしたのだろう、「また何かあったら連絡して」と言った。動物病院は家から車で10分くらいのところにあるので、来ようと思えばすぐに来れる距離だろうに。どうやら愛犬の今際の際には立ち会わないらしい。
彼の死に相対する勇気がないのか、人前で泣きたくないのかわからないが、意気地が無いなと思った。いや、実際のところはわからないけど。病院に来なかったのは事実なので。我ながらひどい娘だという自覚はあります、が。
愛犬の死を前にしたら、己のプライドなんて瑣末なものでしょう。(※父の、犬の介護に対する姿勢には思うところがあるので、基本的に超絶塩評価です。)
アドレナリンを入れ、酸素を入れ、なんとか自発呼吸を促す。処置の合間に、ポツポツと先生と話をする。先生には「二回心臓が止まりました」と言われた。どれだけそうしていたのだろう、時間にすれば30分くらいだったかな。なんと自発呼吸が再開した。わたしたちは完全に看取りの体制に入っていたのでびっくりした。嬉しく思いつつも、気休め程度なんだろうなあという気持ちもあった。だってその呼吸はとても弱々しかったから。
犬の様子をしばらく見ていた先生が、本来今日するはずだった処置(点滴)をしましょうか、と言って、処置台から別の場所(入院用のケージ)に移した。先生が点滴の準備をしている間、母といっしょに犬の様子を見守る。
そうして何分か経った頃。かろうじて動いていた顎が、動かなくなった。
心肺蘇生をしてから約1時間後、今度こそ愛犬の心臓は完全に止まってしまった。
疲れちゃったかな。これ以上がんばれなんて言えなかった。彼は十分すぎるくらいにがんばった。人工呼吸器を外し、自発呼吸を再開して、わたしたちの予想を大幅に裏切ってから彼は旅立った。いつでもわたしたちの考える斜め上のことをやってのける犬。最期まで彼らしく生き抜いた。「柴犬はあまのじゃくですからね」という先生の言葉にわたしたちは笑った。やっぱりそうなんだ。ちくしょーこれだから柴犬は最高なんだ。
人工呼吸は嫌だったから気合いで自発呼吸をするようにしたのかも。でも、鼻からカテーテルで栄養を取ったり、点滴をしてまで生きるっていうのはもっと嫌だったのかも。「いや、点滴はいいっすわ、さすがに…」みたいな感じだったもん。
臨終の際には、個々の性格が出るのかな。…うん、われらの愛犬はそういう性格だね。このやろ〜〜〜!!まだお世話させろよ!!!
エンゼルケアをしてもらった愛犬は、まるで眠っているみたいだった。おむつも要らなくなったから、全身が見える。自力で歩けなくなっていたその下半身はすっかり痩せ細っていた。骨と皮ばかりの身体。あばらも背骨も、頬骨さえも浮き出ている。きっと、褥瘡ができるのも時間の問題だっただろう。
いまにも目を覚ましそうなのに、胸は上下していなくて、二度と目覚めることはない。まだ温かい。毛だってさらふわのまま。(自慢じゃないけど、16歳にしては毛艶はとてもよかったと思う。)1〜2時間ほどで死後硬直がはじまるとのことだった。先生とスタッフさんに、裏口から車へと棺を運んでもらい、病院を後にした。
この病院に通った回数は数え切れない(特にここ数年)が、わたしたちが診察を受けている裏で、同じように最愛の子を亡くし、悲しみのなかひっそりと帰られたご家族がいたのだろうなあ、と、このとき初めて想像することができた。
午前中に亡くなり、お昼すぎに自宅へ帰ってきた。家では父が待っていた。棺の蓋を開けて、愛犬の顔を見た父は泣き崩れた。わたしが初めて見た父の涙だった。朝送り出した犬が、動かなくなって帰ってきたらショックだろうな。
母が愛犬の最期の様子を父に伝える。心臓が二回止まったこと。それでも自発呼吸を再開したこと。処置台から入院用ケージに移され当初の予定だった点滴治療をしようとしていたところで、完全に心臓が止まったこと。先生に「柴犬はあまのじゃくですからね」と言われたこと。それを聞いてまた父は咽び泣く。
火葬の予約を取るのと並行して、離れて住んでいる妹にも連絡する。夕方の火葬には、妹も新幹線で駆けつけることになった。すべてが目まぐるしく過ぎていく。わたしと母は、愛犬と一緒に納めるお花を買いに行ったり、手紙を書いたり、火葬のために家を出るそのときまでバタバタと走り回っていた。やることがあるほうが助かった。
数時間後、妹とも合流し、葬儀場へと向かう。いろいろな手続きを経てから、愛犬とのおわかれをする。焼香もしたし、家族全員で写真も撮った。悲しいけど、どこか和気藹々とした雰囲気だった。彼は、すっかり冷たく硬くなっていた。やっぱり起きない。当たり前だけど。
火葬場へと移動して、いよいよそのときが来てしまった。棺から台に愛犬を乗せ替える。毛並みはまだふわふわ。軽いけど硬い身体。健康なときは8キロあったのに、最期は4キロしかなかった身体。炉に入る愛犬の姿を目に灼きつけた。扉が閉まるその瞬間まで。一瞬でも目を逸らしたら後悔すると思ったから。
1時間後、真っ白な骨になった愛犬はわたしたちの手により骨壷に納められた。葬儀場で購入したカプセル型のキーホルダーにもお骨を入れる。「こんなに小さくなっちゃって」。母がこぼした。わたしはまた泣いた。これより悲しいことなんて、そうそう起きそうもない。
運がいいなと思ったこと
- たまたま、朝から病院に行く日で、具合が悪化した場所だった(すぐに適切な処置を受けることができた)
- 家族全員の都合がついた(妹も来ることができた)
- 晴れていた(前日と翌日は大雨)
天国支部へ異動する直前の愛犬は、びっくりするくらい病気のデパート状態だった。思えば、3,4歳の頃に、若年性白内障で片目の視力を失い、皮膚炎に悩まされ、シニアになってからはヘルニア、糖尿病、認知症、胃腸炎、ドライアイ、膀胱炎…人間かよ?!ってくらいいろんな病気にかかった。
最期は特にしんどかっただろうなあ。痛かったかな、苦しかったかな。少しでも楽にいけたのならいいなあ。言葉を話してくれたらいいのに、って何度思ったことだろう。その分、表情や体を使って表現してくれたと思うけど、あなたが考えていることを全部理解できなくてごめんね。さいごまでよくがんばったね。
朝、リビングに来たら、愛犬が寝ていた定位置に目をやってしまう。そこにはまだベッドが残っている。部屋を掃除していると、抜け毛が落ちている。使っていたタオルに匂いが残っている。介護用に買い込んだオムツやおしっこシートもたくさんストックが残っている。糖尿病用のインスリンも注射も、いっぱい買い込んだばかりだった。薬もそう。だって、これからも生きてもらう予定だったから。こんなにすぐにお別れが来るなんて思っていなかったから。ここ2年半くらいは、ずっと愛犬を中心にして生活が回っていたし、彼のいない日常というのはなんだかしっくりこない。愛犬がいないことがはたして「日常」だといえるのだろうか。きっと、慣れていってしまうんだろうな、とは思う。時間薬はありがたいけれど、それも悲しい。
わたしは、わたしの目に見えない・手に届かないところで愛犬が亡くなることが何よりも嫌だったから、こうして最期の瞬間に立ち会えたのは本当に本当に、ほんとーーーに幸運だったといえる。今年の運は全部使い切ったと思うくらい。
奇しくも、彼が虹の橋を渡ったのは、わたしが新しい仕事のために家を出る数日前のことだった。だからこそ、きちんとお別れをすることができた。もしかしたら、彼がそう仕向けてくれたのかもしれない。最期までだれよりも気を遣える犬だった。
でも、ならば、もしもわたしが家を出なければ彼はもっと生きてくれたのだろうか?
わたしにもっとお世話をさせてくれたのだろうか。
大変だと思ったことがない、といえば嘘になる。正直、ここ2ヶ月は大変だった。夜鳴きをしたときは、ご近所に聞こえていないか不安だったし、その鳴き声がうるさいなと思ってしまったこともある。昼夜逆転の生活もしんどかった。しんどかったけど。もっともっと、一緒にいたかった。お世話をさせてほしかった。(とはいえ、わたしは家を出る必要があったんだけども…)
悲しい。とっても悲しい。寂しい。ふつうに生活していても、平気なときもあれば、突然わけもなく涙が出てくるときと、愛犬のことを考えて涙が出てくるときがある。お風呂に入っているときとか。ぼーっとしているときとか。
もうあの温かさを感じられないんだ。抱っこもできないんだ。一緒に寝ることもできないんだ。だって、もういないから。
その一方で愛犬は、不自由な肉体を離れ、きっといまごろは好き勝手に走り回っていることだろう。どうかそうであってくれ。ペットは、虹の橋のふもとで飼い主を待っていてくれるというような話を聞いたことがあるけれど、そんなことはしなくていいから、彼の好きなように第二の人生(?)を生きて欲しい。死んでるけど。
もちろんまた会えるなら会いたい。でも天国だろうが生まれ変わって現世だろうが、とにかく彼がそこで幸せに生きているならそれでいい。たとえもういっかい会えなくたって、わたしのことを忘れてしまったって、わたしは彼のことがずっとずっと大好きだし、忘れない。わたしが覚えているから大丈夫。
仔犬の頃からかわいかったけど、大きくなってもおじいちゃんになっても、どの瞬間も常に可愛かった。毎秒、かわいさを更新する犬だった。きっと、みんなのところもそうだよね。
彼こそわたしの最愛の男である。
ああ、可愛かった。これからもずっと可愛い。これ以上の男なんてきっと現れないだろう。わたしのヘビーな愛をその一身で受け止めていた(流していたかもしれないが)貴重な存在である。人間にもこんな愛向けたことないよ。罪な男だ。
わたしは犬の闘病に関することをSNSには一切書かなかったけれど、Xでは老犬の介護を頑張るひとのポストを見て励まされていた。一人じゃないと思えるのは心強かった。
天国支部に異動になったあと、ようやくプライベートアカウントで報告して、そうしたら友達が暖かいメッセージをくれて、それにまた泣いた。おかげで、転職初日は目を腫らしたまま出社することになった。心を寄せてくれるひとがいるのは本当に嬉しかった。
近所の犬友さんも、訃報をきいてお花やお線香を持ってきてくれた。話をきいて泣いてくれた。とてもありがたい。うちの犬と同じくらいの歳で、まだまだ頑張ってるわんちゃんがいるおうちには、介護セット(おむつとかウェットフードとか)を押し付け…お譲りした。
悲しみは止まらない。彼の喪失は本当に悲しい。でも「後悔しないようにしよう」と行動したおかげで「ああしておけばよかった」という後悔は少ないように思う。いや、あるけどさ、後悔。でも、思ったよりも少ない。
この耐え難い悲しみも、もしかしたらいまだけの感情かもしれないから、いまは全力で悲しみたいし、わたしは悲しいんだ、ということをしっかり受け止めたい。自分の素直な感情を無視したら壊れてしまいそうだから。
ここまで読んでくださりありがとうございました。最初にも書きましたが、これはわたしが気持ちに整理をつけるために、あの日感じた気持ちを記憶しておくために執筆しました。SNSに書くには長すぎるし、胸に留めておくには重すぎるので、どこかに吐き出したかったのです。
めーーーっちゃ悲しいし寂しいけど、大丈夫です。わたしの人生はまだ続いていくので、愛犬の思い出とともに生きていきます。無敵。
あなたと、あなたの愛する存在が、ずっとずっと長生きしますように。
ところで、犬よ。お盆は帰ってくるのかい?
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